話題の本

ライターとして思うこと

2013年1月 8日 (火)

文部科学大臣政務官、丹羽秀樹さんへ。

先日、文部科学副大臣の谷川弥一さんが、任命記者会見で「いじめ防止には、怖い武道家の先生が必要」という趣旨の発言をして話題を呼びました。

その時の記者会見(2012年12月27日)の全文文字起こしが、下記「SYNODOS JOURNAL(シノドスジャーナル)」に掲載されています。
http://synodos.livedoor.biz/archives/2012522.html

この記者会見には、谷川さんのほかに、同じく文部科学副大臣の福井照さん、文部科学大臣政務官の丹羽秀樹さん、義家弘介さんも出席。

全文文字起こしを読むと、「怖い武道家の先生が必要」発言はわりと些細な部分で、谷川さんが本当に言いたかったのは、「宗教心」と「国民の自立」であったことがわかります。

その他、新政権の教育に対する考え方を知るうえでさまざまな重要な発言がなされていますが、ここで注目したいのが、政務官の丹羽さんの下記の発言です。

「そしてもうひとつ障害者の教育です。障害者の方々が厳しい環境の中で、健常者の方と同じような教育を受けたいのに受けられないことをしっかり現場を振り返りたい。私自身、地元にある障害者の学習施設の運動会や文化祭に足を運んでいる中で、子どもたちが笑顔で微笑みかけてくる姿を見ていると、教育再生をやらないといけないと思っています」

文部科学大臣政務官が、このように障害のある子どもの教育に関心をもち、しかも現場に足を運びながら考えていただいているというのは、うれしいことです。

そこで、要望したいと思います。

「健常者の方と同じような教育を受けたいのに受けられない」と言われていますが、私が住んでいる大阪でも、また全国各地でも、障害のある子とない子がいっしょの教室で、同じように学んでいる教育実践がいくつも行われています。丹羽さんには、ぜひ、障害者の学習施設だけでなく、そうした地域の学校の「ともに学び、ともに生きる教育」の現場に足を運び、見ていただきたい。

そして、「教育再生」をするというのならば、その基本に「ともに学ぶ」教育(国際的なことばで言えば、“インクルーシブ教育”)をしっかり位置づけてほしいと思うのです。

2012年10月 3日 (水)

「動くだけが介護じゃない」。うーん、そうだよなぁ!

朝日新聞夕刊の「ニッポン人脈記」の新シリーズ、『認知症のわたし』。障害のある子どもの支援を考えるうえでも、学ばされる話が多いです。

10月2日(火)掲載の第4回、「動くだけが介護じゃない」には、そうだよなぁ!と強く共感しました。

舞台は福祉先進国、デンマーク。この国のケア付き高齢者住宅で働く日本人ヘルパー、いつみ・ラワーセンさんの介護の心がけは、次の3つだそうです。

〇手を出しすぎない
〇本人の選択を大事にする
〇できないことができるよう介添えする

私も、高校の学校生活支援員として、ヘルパーとして、障害のある子どもとつきあうとき、全く同じことを心がけてきました。

でも、こういう考えかたは、日本ではまだまだ根づいていないのかもしれません。

この心がけを字づらで読む分には、みんな、もっともとうなずくだろうと思います。しかし、実際に支援する場面になると、障害のある子どもは、周りから手を先々出されてしまい、本人の意思はきかれずに物事が決められ、「介添え」ではなく監視・管理されて、できることもできないようにされていることが多いのではないでしょうか。

私は、このことにものすごく怒りを覚えます。だって、自分が支援される立場だったら、絶対にそうはされたくないじゃないですか。

デンマークの介護職の考えかたは、「できないことだけを手伝う」。記事には、認知症グループホームでのエピソードが紹介されています。ある入居者が、灰皿がない場所でたばこを吸いはじめても、介護職員は動かない。すると、ほかの入居者が灰皿を持ってきてくれるのだそうです。認知症の人たちどうしの支えあいが生まれているんですね。

これは、障害のある子とない子がともに学ぶ高校で、学校生活支援員の私が日々、体験していることに通じます。

障害のある子を大人が囲わずに、離れて見守っていると、子どもたちは自然にかかわりあうようになります。その子が着替えや教室移動で困っていたら、手を貸してくれます。みんなの輪に入れずにいたら、声をかけて引っぱってくれます。“問題行動”を起こしたら、本気で怒ってくれます。それは、大人の“支援者”が世話を焼くよりも、ずっとさりげなくて、すてきな風景です。

2012年2月26日 (日)

ともに楽しい時間を過ごせば、人は通じ合える~「おはいりやす♪ 音つどおんせん」

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音楽家の平尾昌晃さんのことばに、「音楽によって希望・勇気・元気を分かち合うことができる」というのがあります。2月18日(土)に参加した『音の集いのコンサート おはいりやす♪ 音つどおんせん』(主催:ひらの地域生活支援センター・時空想)は、そのことを実感させてくれるイベントでした。

そのチラシのリードコピーは…

障がいのある人もない人も大人も子どもも、いろ~んなひとがあつまって音楽を楽しもう!
1人ひとりの心の奥にある「音の泉」を集めてツカッタら、気持ちいい! 成分はみんな1人ひとり! 効能は??? 
笑い、刺激、ぽかぽか、ほっ。
この時間をともに感じて、様々な人がともに生きる地域へ近づきたい…そんな想いとおもしろさの温泉へぜひお越しください!

どうです、これを読んだだけで気持ちが盛り上がってくるでしょ。
(プロのライターの私でも、なかなか書けない名コピーです。)

朝の9時ごろから会場づくり。小学校のがらんとした体育館が、みんなの手によって、遊びゴゴロいっぱいのイベント会場に変身していく。もう、そこからワクワク。集団行動が苦手な私は、こういう時、ほとんど役立たずなのですが、時空想のスタッフが気づかって声をかけてくだったおかげで、何とか作業に加わることができました。子どもといっしょに、段ボール箱で校門前にオブジェをつくった時は、本当に楽しかった~。

さて、午後2時半、開演。中学校の吹奏楽部、大学のボランティアサークル、時空想の音楽交流サークル、クラリネット奏者4人組、ゴスペルクワイヤー、ストリートダンサー、ロックバンド…という多彩な出演者も、集まった観客も、障害のあるなし、年齢、職業、国籍などにかかわりなく、み~んなごちゃまぜ状態。

目的は、「音を楽しむ(=音楽)」という、ただそれだけ。ゆるーく、ほっこりわき上がる熱気のなかで、踊りだしたり、ぴょんぴょん飛びはねたり、会場を走り抜けたり、そっぽを向いていたり、黙って立ち続けていたり、それぞれが自分らしいかたちでその場を味わっていて、それが不思議と調和している。クライマックス、出演者も観客もボランティアもいっしょになって、時空想のテーマソング「遊びの天才」を歌った時は、スタイルはさまざまながら、全員、心が思いっきりはじけているのが伝わってきました。

この日、私はパートナーのケアで疲れていたのですが、元気を少し取り戻せました。ともに楽しい時間を過ごすことで、人と人は心が通じ合い、つながることができる。日ごろ、障害のある人の近くにいると、ついつい「介助」とか「支援」が先に立って、息苦しくなったりするけど、まず、いっしょに楽しむことが大事なんだなぁと、あらためて思いました。

すてきな時間を分かち合わせてくださった時空想のスタッフのみなさん、なかでも細やかな心配りでみんなを“おんせん”に導いてくれたTさん、どうもありがとうございます。

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会場の平野小学校の校門前につくったオブジェ

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ストリートダンサー、す★ぎ★な

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大音バンド

2011年5月18日 (水)

「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の2011年度総会に参加しました

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5月15日(土)、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の2011年度総会が、大阪府教育会館(たかつガーデン)で行われましたので、参加してきました。

同連絡会は30年前の1981年、“障害児が普通に学校に行けるように”を共通の願いとして、会員相互のネットワークづくりと情報の共有を目的に結成されました。現在、全国に約660人の会員がいます。

総会では、2010年度の活動報告と決算報告・監査報告の後、新年度の活動方針として、以下のことが提案され、採択されました。

(1)共に学び共に育つ教育を実現するための活動を進めていきます。

 〇「地域の学校で共に学び共に育つ」ことを求めている子どもや保護者とつながります。
 〇原則分離の現行の教育制度を変えるために、「障がい者制度改革推進会議」等への働きかけや国会へのロビー活動に取り組みます。
 〇障害者権利条約批准・インクルーシブ教育推進ネットワークをはじめ、障害者権利条約の批准、障害者差別禁止法・条例などの制定や反差別・反貧困をめざす人たちと一緒に行動していきます。

 〇共生共育(インクルージョン)の考え方を深め、特別支援教育が分離教育に他ならないことを明らかにしています。
 〇共生共育の大切さを伝えるパンフレットを活用して、就学前の取り組みを展開していきます。
 〇高校希望者全入への取り組みをすすめます。

(2)11月19日20日に大阪で開催される「第15回 全国交流集会」開催の成功に向けて、現地実行委員会とともに取り組みます。

(3)結成30周年にあたり、会の活動を振り返ることを通して、新たな活動への原動力につなげていきます

(4)全国連が活動を始めてから30年が経ち、当初から関わってきた会員はそれぞれの地域で「生きる場、働く場」をつくって活動しています。普通学校でやってきたことが卒業後の生活にどうつながり、どのような展望があるのかを明らかにする活動に参加していきます。

(5)会報の年10回発行をめざします。全国各地の情報や地域の活動も紹介していきます。ブックレットの作成、ホームページの更新に努め、活用します。

(6)全国の会員、地域の団体と連絡を取り合い、相談・支援活動を行います。

(7)現在の運営委員会を中心とした会の運営を見直し、多くの会員、運営委員、世話人が参加しやすい運営のあり方を考えていきます。

(8)以上を通じて、会員の拡大と財政の確立を目指していきます。

活動方針についての討議のなかで、私は、「運動のあり方が、“頭のいい人”が難しい話をするという、ある意味で“能力主義”におちいっているのではないか?」「身内ノリの活動になっているのではないか?」と、そして、「幅広い人たちを巻き込める、わかりやすく、具体的なかたちの見える活動が必要」という意味の意見を述べさせていただきました。

11月19日(土)~20日(日)、ここ大阪で、「障害児を普通学校へ・全国交流集会」が行われます。ベテランの運動家の方も、子育て中の保護者の方も、若い障害当事者や先生方も、さまざまな世代・立場の人たちが集い、つながれる催しになるといいなと思います。

2011年5月11日 (水)

子どもの教育に関わるみなさまへ  「20ミリシーベルト」の撤回を求める緊急要求書に賛同を!

大阪の学校の先生たちが中心になってつくっている『子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会』から、「20ミリシーベルト」の撤回を求める【子どもの教育に関わる立場からの緊急要求書】への賛同の呼びかけです(団体、個人)。

みなさま、ご協力をお願いいたします。

(以下、転載)
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子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会の伊賀です。以下の呼びかけに是非賛同をお願いします。

<このメールをできるだけ多くの皆さんに転送して頂くようお願いします>

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【子どもの教育に関わる立場からの緊急要求書】

子どもに「年20ミリシーベルト」の被ばくを強要する文部科学省通知(4.19)を撤回せよに賛同をお願いします

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 教職員、保護者、学生、生徒、教育関係諸団体、教職員組合、元教職員など子どもの教育に関わり、関心を持つすべての皆さん。 
 福島県では文部科学省の「年20ミリシーベルト」という現行の一般人への限度(年1ミリシーベルト)の実に20倍もの「基準」によって子どもたちが放射線の危険にさらされています。 
 5月2日に行われた「グリーン・アクション/福島老朽原発を考える会(フクロウの会)/美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)/国際環境NGO FoE Japan」と文部科学省、原子力安全委員会との交渉では「年20ミリシーベルトが安全という専門家は誰もいない」(原子力安全委員会)ことが明らかになり、「毎時3.8マイクロシーベルト以下は平常に活動していい」などと言うことには何の根拠もないことがわかりました。
 しかし、福島県ではこの文科省の基準に基づいて子どもたちが、「普段通りの学校生活」を強要され放射線に被ばくさせられています。文科省は学校現場に「放射線を正しく理解するために 教育現場(保護者)の皆様へ」をおろし、「年20ミリシーベルトが安全である」かのように宣伝し、教職員にもそのように教えさせようとしています。
 文科省の「年20ミリシーベルト」についてはすでに市民、保護者から、また諸団体や諸外国から数万もの反対署名が寄せられています。私たちは教育に関わるもの自身がこの問題について公然と抗議の声を上げ、文部科学省に撤回を要求しなければならないと考えます。子どもたちの生命と安全を守ることは教育に携わる者の責務です。

 下記の撤回要求に賛同いただける子どもの教育に関わる諸団体、諸個人は下記アドレスにメールにてお知らせ下さい。(賛同団体は「賛同団体名」を、賛同個人は「お名前と都道府県名、小学校教員または保護者などをお知らせ下さい。個人名はホームページ、メールなどに公表しません。)第1次集約期限は5月21日とします。

 なお、「20ミリシーベルト基準即時撤回、被ばく量の最小化のためのオンライン署名」も始まっています(http://www.jca.apc.org/mihama/fukushima/signature_02.htm)。そちらにも是非ご協力をお願いします。

2011年5月10日子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会

■賛同受付■ メールアドレス eduosaka@gmail.com

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【子どもの教育に関わる立場からの緊急要求書】

 子どもに「年20ミリシーベルト」の被ばくを強要する文部科学省通知(4.19)を撤回せよ

文部科学大臣 髙木 義明 様

 4月19日、文部科学省は、「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を出し、学校における放射線量の目安として年20ミリシーベルトという基準を、福島県教育委員会や関係機関に通知した。この年20ミリシーベルトは、屋外で3.8マイクロシーベルト/時に相当するとし、これ未満の測定値である学校については、「校舎・校庭等を平常通り利用して差し支えない」としている。翌4月20日に文部科学省は、「年20ミリシーベルト」を学校、保護者に押しつけるために「放射能を正しく理解するために 教育現場の皆様へ」なる文書を出した。この中で、「毎時3.8マイクロシーベルト未満の区域-普通に生活して支障はありません」と放射能の危険性を否定している。チェルノブイリ原発事故の被害を過小評価し、まとめとして、「放射能について過剰に心配しない、させないことが大切です」とあたかも放射能が危険ではなく、不安になることの方が問題であるかのようにしめくくっている。
 とんでもないことだ。文部科学省の通知は本来避難すべき、被ばくを避けるべき子どもと保護者を学校と地域に縛り付けるものである。子どもの生命と安全を守るべき教職員は、放射能に被ばくしても安全だと教えさせられる。放射能で汚染された学校がそのままなら、子どもは学校だけでなく公園や地域で遊び、知らない間に被ばくをさせられることになる。子どもの生命と安全を守るべき文部科学省が先頭に立って子どもを放射線の危険にさらすことは断じて許せない。私たちは子どもたちを危険にさらすことに心を痛め、不安を感じ苦しんでいる多くの教職員、保護者とともに通知の撤回を要求する。

 文部科学省の通知は現行の一般人の線量限度、年1ミリシーベルトの20倍もの被ばくを子どもに強要するとんでもないものである。 
 ①毎時0.6マイクロシーベルト以上の場所は「放射線管理区域」に設定される。労働基準法はこの区域での18歳未満の作業を禁止している。文部科学省が子どもに押しつける毎時3.8マイクロシーベルトは、その約6倍に相当する。
 ②「年間20ミリシーベルトは子どもの発ガンリスクを200人に1人増加させる」とPSR(「核戦争防止医師の会」の米国内組織)が声明を発表したのをはじめ、子どもの被ばく基準を20ミリにすることは国際的な批判が集中している。 ③文部科学省は「大人も子どもも同じ」と、大人よりはるかに高い子どもの放射線に対する感受性を考慮にいれていない。しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)自身が子どもは被ばく基準を10倍厳しくすべしとしている(pub.36)。
 ④子どもは土埃の中で遊び、放射能を含む食物を食べるのに基準は内部被曝を考慮しない杜撰なものである。
 ⑤原発労働者が白血病を発症したとき労災認定を受ける線量の目安は年5ミリシーベルトである。子どもにその4倍の放射線をあびせて発症しないといえるはずがない。
 ⑥4月29日に内閣官房参与で放射線安全の担当の小佐古氏が、年20ミリシーベルトの数値に抗議して辞任した。子どもの基準が不当な高さだという批判は与党を含む国会議員からも起きている。
 ⑦自分の子どもを通学させている福島県の保護者や福島県教組に結集する教職員は子どもを危険にさらす基準の撤回を強く要求している。

 20ミリシーベルト基準の決定の仕方も無責任極まりないものだ。基準決定の根拠そのものが崩れていることが明らかになっている。5月2日に行われた市民との交渉の場で、原子力安全員会は、文科省が20ミリシーベルト基準「通知」を出すことを「差し支えない」と決定するにあたり、正式の会議を開かず議事録もとっていないことを認めた。しかも、「安全委員会は20ミリシーベルトは基準として認めていない」と発言し、「年20ミリーシーベルトまでは安全だとする委員は1人もいなかった」と述べた。こんな「助言」で基準を決めたことそのものが不当である。

 文科省通知によって、福島県内の学校が次々と再開されている。子どもたちは放射能を浴びながら登下校し、放射能の中で学校生活を強いられている。福島県郡山市や伊達市は、緊急対策として子どもたちの被ばくを低減させるため、放射能汚染された校庭の表土除去を実施した。しかし文部科学大臣は年20ミリシーベルト基準に基づき、このような被ばく低減措置は「不必要だ」と発言し低減のための活動を妨害している。これは子どもたちに20ミリシーベルトの限度いっぱいまで被ばくすることを強要するものだ。文部科学省は自らに義務つけられている被ばく低減のために具体的な措置を直ちにとるべきである。 文部科学省は教育の現場に「年20ミリシーベルト」基準を持ち込み、被ばく低減策さえ否定することで子どもたちの生命と安全を脅かしている。教育に関わる者として私たちは、文部科学省に対して以下のことを直ちに実施するよう要求する。

           要求事項

1.子どもに年20ミリの被ばくを強要する「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」(通知)を直ちに撤回すること。

2.放射能を心配させないことが大切だとする「放射能を正しく理解するために 教育現場の皆様へ」を撤回すること。教育現場に配付している場合は、回収し廃棄すること。

 以上

             2011年5月( )日   

      呼びかけ団体 子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会
      賛同団体・個人

2011年2月28日 (月)

大阪市のホームページ「みんなちがって みんないい」に出演

このたび開設された大阪市市民局の人権啓発ウェブサイト「みんなちがって みんないい」に、動画メッセージで出演して「ともに学ぶ教育」の意義について語っています。

ホームページアドレス http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu060/kokoronet/2010/index.html

Kokoronet

みなさま、どうぞご覧ください。ENTERから入っていただき、「第4部 サポートメッセージ」のところです。

「第1部 基調講演」では、大阪市大の堀智晴教授がインクルーシブ教育について語っておられますので、こちらもぜひ。

2011年2月 2日 (水)

〇〇〇で酒を飲まないところから

「まずは、〇〇〇(大手居酒屋チェーンの名前)で酒を飲まないところから、はじめたいと思います!」

1月15日(土)、「インクルーシブ教育を考える連続学習会」第1回(主催:子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会)での報告で、私は、そう言って話をしめくくりました。

まぁ、これは関西人の性(さが)で、笑いをとって終わりたいためのオチですが、実はけっこう本気のひとことでした。

障害のある子もない子も「ともに学ぶ」インクルーシブな教育を考える時、私たちは、学校を出たその先の、「ともに生きる」インクルーシブな社会の未来像をはたして描けているのか、と疑問を投げかけたかったのです。

いま、地方都市に行くと、もう、大手居酒屋チェーン、大手ハンバーガーチェーン、大手コーヒーチェーン、大手アパレルチェーン、大型書店チェーン(店名を頭に浮かべながら、お読みください)が埋めつくし、どこでもまちは同じ顔をしています。

その陰で、コツコツとがんばってきた個人事業主や小規模の事業所がどんどんつぶされています。

マクドナルドの社長は、こう言っているそうです。

「気候や風土、民族の多様性を越え、いつ、どこで、だれがやっても、同じ笑顔で、同質の味を提供できる。私たちは、マクドナルドのハンバーガーという普遍性を備えた『文明』を売っているといってもいい (日本マクドナルド広報部編『日本マクドナルド二〇年のあゆみ・優勝劣敗』)─山下惣一編『安ければ、それでいいのか!?』コモンズ刊より孫引き─

「いつ、どこで、だれがやっても、同じ笑顔で、同質の味」─。そんな『文明』が幅をきかす社会では、障害のある人たちをはじめ、世の中の多数派の基準とうまく折り合いをつけられない人たちは、すごく生きにくい。そして、その生きる場はじりじりと埋められようとしています。

障害があっても、なくても、ともに豊かに生きられる社会。能力で人の値打ちが決められず、競争をしなくていい社会。そのすがたを私はまだはっきりと描くことができませんが、少なくとも、大手チェーンが支配するまちでないことは確かです。

だから、私からの提案は、「〇〇〇で酒を飲まないところから、はじめよう」。

「ともに学び、ともに生きる」教育を根づかていくためには、一人ひとりが日々の消費行動に自覚的になって、この社会のライフスタイルを変えていかなければならないのです。「快適」で「便利」な均質化されたサービスに抵抗し、不器用でクセも味もある人たちが、小さな規模でそこそこ食っていける道をひらかなければならないのです。

と言いながら、障害のある家族との暮らしは、お金もないし、忙しい。今日も、〇〇〇〇でネットショッピングをし、〇〇〇〇で服を買っているのが現実です。それがまた切ないのですが。

2011年1月 2日 (日)

多彩色社会へ~今年もよろしくお願いいたします。

今年も、このブログをよろしくお願いいたします。

大阪市の支援学校増設問題について、何人かの方からコメントをいただいておりますが、いましばらく、お返事を書く時間がとれません。申し訳ありませんが、発信のほうを優先させていただこうと思います。

下記、今年の年賀状です。住所をうかがいそびれていて出せなかった方もいらっしゃるので、ここに載せておきます。

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あけましておめでとうございます
昨年はご厚意をたまわりまして、誠にありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。2011年元旦

多彩色社会へ

 昨年、取材の現場で心を動かされたのは、“重度”の障害をもつ人にも、ごく自然によりそい、つきあえる若い人たちの姿です。先行きの見えない時代に、彼らのやさしく、しなやかな感性こそが希望をひらくのだと思います。
 ひとつの色に染まる世界は、薄っぺらで味気ない。てきぱき動かなくても、じょうずに話さなくても、人に打ち勝たなくても─多彩な個性が堂々と輝く社会へ。今年も、「ともに学び、ともに生きる」関係を取材して発信していきます。

<昨年のトピックス>
・大阪市生野区のサロン「アイ」でマジックショー。いくの市民活動支援センターの武直樹さんと。(12/11)
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・枚方市民発情報紙「LIP」の連載『枚方の「共に学び共に育つ」教育は今』で、共生教育の歴史を切り開いてきた教師、保護者たちにインタビュー。
 http://love-dugong.net/lip/

・大阪府立高校で学ぶダウン症の生徒さんの学習支援サポーターとして週1回、活動中。でも、私の方が支援されているような気が…。

・子ども情報研究センターのシンポジウム「障害があってもなくても、ともに学びたい」でゲストスピーカー。(6/12)
Cci00004

まっすぐプランニング 代表・ライター 合田 享史

2010年7月18日 (日)

障害のある人を「できない」と決めつけているのは、私たちの貧しい価値観ではないでしょうか?─映画『はながゆく。』

5月8日の記事で書いた赤阪はなさんの映画について、別ブログで書きましので、どうぞご覧ください。

「できる」「できない」の価値観がひっくり返る─赤阪はなさんの映画『はながゆく。』
http://massugu.way-nifty.com/blog/2010/07/post-c23a.html

2010年6月22日 (火)

子ども情報研究センター総会記念企画「障害があってもなくても、ともに学びたい」でゲストスピーカー

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6月12日(土)。子ども情報研究センターの総会記念企画「障害があってもなくても、ともに学びたい~障害を理由に子どもを分けない教育を~」で、大阪市立大の堀智晴さんとともに、ゲストスピーカー&ファシリテーターをつとめさせていただきました。

ご来場いただいた方々、どうもありがとうございました。会場のみなさんがどんどん手を挙げて発言してくださったので、私はほとんど仕事してませんでした(笑)。

時間が押せ押せで走りぎみになりましたが、私が言いたかったのは、障害のある人とない人とが、いっしょに過ごすなかでぶつかりあうことの大切さです。

いまの特別支援教育は、考え方そのものはよいと思います。しかし、それを実行する手だてとして挙げられている内容を見ると、疑問を抱かざるを得ません。

児童生徒一人ひとりの「教育的ニーズ」を的確に把握する。そのニーズに基づき、就学前から卒業後までの生涯にわたる「個別の教育支援計画」を立て、経営管理の手法である「PDCA(Plan-Do-Chech-Action)サイクル」で点検していく、といいます。

しかし、一人ひとりの教育ニーズなんて、最初から簡単にわかるものでしょうか。私など、愛しあって結婚し、3年以上いっしょに暮らしている妻のことさえ、彼女が何を求めているのか、いまだによくわからないのですが。

生涯にわたる「個別の教育支援計画」といいますが、小学校に上がる前から、おとなになった時のことまで見通して、人生のレールがはたしてひけるものでしょうか。それは人間という存在をあまりにナメた態度といえないでしょうか。

特別支援教育が先生たちに要求しているのは、問題が何も起こらないように、あらかじめ先回りして児童・生徒をうまくコントロールしていくという、スーパーマンみたいな役割のようです。

でも、むしろ問題が起きなければいけない、と私は思います。障害のない人たち中心の理屈でできあがっているこの世の中で、障害のある人たちと本気でともに生きようとすれば、何かしらトラブルやあつれきが起こらないはずはありません。

いろいろと問題を起こしながらも、いっしょに生活するなかで向きあい、ぶつかりあっていくこと。それなしには、私たちはわかりあえないし、支援の手を差し伸べることもできません。だから、やはり、特別支援学校に子どもを振り分けていてはいけないのです。

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写真を撮っていただいた長谷川さん、ありがとうございました~!

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