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2018年8月

2018年8月17日 (金)

障害のある生徒の高校生活って…~9/8(土) 南大阪 障害のある子どもの学校生活を考える学習会(堺市)の案内

保育付きです。保育の申し込みについては、チラシの画像をご覧ください。

(チラシより)

南大阪 障害のある子どもの学校生活を考える学習会 Part-22

障害のある生徒の高校生活って…

~公立高校において共に学ぶことは、どうなの?~

とき:2018年9月8日(土) 午後1時30分~午後4時30分

ところ:大阪府立障がい者交流促進センター ファインプラザ大阪 3階 第2研修室

ここ大阪では、地域の学校で、障害のある子もない子もいっしょに育ちあう「ともに学び、ともに育つ教育」が大切にとりくまれてきました。

今回は、この春に奈良県の公立高校に入学した高校生のお母さんに来ていただいて、小学校、中学校生活、高校受験への取り組み、そして、現在のクラブ活動での様子などを語っていただきます。大阪と奈良では、中学も高校も大きく変わるところがあります。違いを乗り越えて、障害のある生徒の高校生活と将来への展望について、みなさまと共に考えてみましょう。

高校生活に限らず、考えていること、迷っていること、みなさまで交流しましょう。

参加費:無料 申し込み:不要

主催:南大阪障害のある子どもの学校生活を考える会
共催:高校問題を考える大阪連絡会

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※チラシはクリックしていただくと、拡大します。

2018年8月15日 (水)

北口昌弘さんの命日にあたって

1年前の8月15日、障害のある子どもの高校進学を支援する活動をいっしょにやっていた北口昌弘さんが、天国へ旅立ちました。

地域の学校で学び続けた障害当事者自身として、インクルーシブ教育の推進に人生をかけて取り組んできた彼の思いを忘れないために、彼が書いた文章のひとつをここに掲載します。

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『障害がなかったら地域の学校に行くやんか!』

北口昌弘(大阪バリアフリーネットワーク 代表)

ひとりの子どもなのに、障害があるからといって、どうして地域の学校か、支援学校のどちらかを選ばなければならないのでしょうか?

地域に住むひとりの子どもなのだから、地域の普通学校にあたりまえに通うことができる社会になってほしい!

障害があるという理由で、分けられた空間で教育を受けさせられるのは、私たちを別の存在として考えていて、ひとりの人間としてあたりまえの存在になっていないと思います。

障害があってもひとりの人間、ひとりの子どもとして、ともに学び、ともに育ちたい思いを強くもっているので、分けられることが、私にとって、ものすごく嫌であります。そして、私だけでなく、障害をもつ人の多くはこのような思いを持っています。

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これは、2011年に障害当事者、保護者、教師、市民で協力してつくった『もうすぐ一年生! 障害のある子どもの小学校入学ガイドQ&A』という冊子の最後に掲載されている文章です。

北口さんも、私も、この冊子の編集委員でした。

冊子が完成に近づき、締めのメッセージをどうしようかとなったときに、ひとりの保護者からの「北口さん、当事者としてバーンと言うたって!」という声に応えて、彼がこれを一気に書き上げたのを覚えています。

この冊子は下記からPDFで読むことができます。上の文章以外にも、北口さんの経験と知恵が随所に散りばめられています。
http://love-dugong.net/Q&A/Q&A2011.pdf

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2018年8月14日 (火)

「学力テストの成績を先生の給与や学校予算に反映させる!?」~大阪市長の意向に対して、障害のある子どもの教育の観点から意見を言います。

いまChange.orgで呼びかけられているキャンペーン「大阪市は学力テストの結果をボーナス/学校予算に反映する方針を撤回してください」に賛同しました。

賛同するにあたって、フェイスブックに投稿した私の意見を以下に記しておきます。

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今回の大阪市長の意向には、いろんな観点からの批判が考えられますが、私は、ライターとして取材を続けている、障害のある子どもの教育の観点から意見を言いたいと思います。

大阪市の小・中学校では、さまざまな障害のある子どもたちが、障害のない子どもたちといっしょに学んでいます。

障害のある子どもたちは、その障害ゆえに、学力テストで点数をとるのが難しい子が多いです。また、そもそも、学力テストの対象から外されている場合もあります。

学力テストの成績をものさしにして先生や学校を評価するということは、そうした点数をとれない子どもたちに対する教育の取り組みに大きな価値を認めないということになると思います。

それ、おかしいんじゃないですか?

障害のある子どもたちは、学力テストで点数をとるのは難しいけれど、学校教育の中でいろんな可能性を発揮し、周りの人たちと関わって生きていく力を育んでいます。これは、先生たちの教育の取り組みとして評価されるべきことではないのでしょうか。

そして、障害のある子どもとない子どもがともに過ごすことで、子どもたちは、それぞれできないことはおたがい支え合えばいいということや、人は一人ひとりちがっているのがあたりまえで、知恵を出して工夫をすれば、ともに豊かに暮らしていけるということを学んでいます。

こうしたことこそが、これからのインクルーシブ社会を生きていくうえで大切な「学力」ではないでしょうか。それは、障害のある子どもも地域の学校であたりまえに学んでいる大阪市だからこそ営める教育のありかたで、市長には、学力テストの成績だけを見るのではなく、この教育の価値を大切にしてほしいと思うのです。

一方、今回の市長の意向を「優秀な教員が大阪から逃げる」という言いかたで批判することには、私自身は違和感があります。「優秀」「優秀でない」というものさしで人を格付けしようとする思想を超えなければいけないと思っているからです。

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