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2012年5月21日 (月)

まず、あるがままの存在を受けとめるところから~遅ればせながら、家庭教育支援条例(案)について

あっというまに撤回に追い込まれた、大阪維新の会・大阪市議団の「家庭教育支援条例(案)」。遅ればせながら、大阪市民のひとりとして、私も思うところを書いておきたいと思います。

条例案の全文は下記にありますので、ご覧ください。
http://osakanet.web.fc2.com/kateikyoiku.html

この条例案には批判の声があいつぎましたが、その多くは、「発達障害は親の育て方のせい」だとする見方が科学的、医学的にみて正しくないというものでした。確かに、この点は明らかに問題です。

しかし、それ以上に私が問題だと思うのは、発達障害を「予防」「改善」「防止」するという発想。条例案全体が、障害のある人たちをはじめ、世間一般のものさしから少しはずれた存在を「あるべきでないもの」として、矯正しよう、なくしていこうという考え方に貫かれていることです。

これって、おそろしい。かつてハンセン病患者の人たちが、各都道府県から患者をなくそうという「無らい県運動」によって、行政と市民の手で地域社会から追放され、療養所に閉じ込められた事実を思い起こさせます。

障害のあるパートナーと暮らし、また、学校の介助員として、ヘルパーとして、さまざまな障害のある人たちとかかわっている実感から言わせてもらえば、障害のある人へのサポートは、まず、その存在をあるがままに受けとめるところからしか始まりません。

それは、人権的にうんぬんというよりも、人間はひとりひとり多様というのが現実だから。93歳の教育研究者、大田堯(たかし)さんのことばを借りれば、「『みんなちがって、みんないい』ではなくて、そもそも、みんな、ちがっているのだ」ということ。この社会は、ゆっくり動く人も、ことばをしゃべらない人も、じっとしていずに動き回る人も、物事を覚えない人も、まとまった話をしない人も、ひとりの世界が好きな人も、機械を使って息をしている人も──いろんな人たちがともに生きていて、だからこそ、人の世は奥深くて、豊かです。

世の中はいろんな人たちで成り立っているのに、それを、ごく一部の“力の強い”人たちの理屈に合わさせようとするのは、非常におこがましいし、意味のないことです。私は、この条例案が今後、どんなに科学的な理論を持ち出して修正されたとしても、人間社会の多様性の豊かさを理解せず、世間一般のものさしからはずれた存在を矯正しよう、なくそうとする考え方そのものを認めることができません。

そして、この条例案のようなまなざしは、大阪維新の会の議員さんだけでなく、おそらく、条例案に反対した人たちも含めて、この社会には根強くあって、それが、障害のある人もない人も、みんなを生きづらくしているのだということを声を大にして言っておきたいと思います。

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