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2012年3月28日 (水)

松井知事、私たちの声を聞いてください~教育2条例に対する障害当事者と保護者の意見(その1)

『「共に学び、共に生きる教育」日本一の大阪に!ネットワーク』が、大阪府の教育2条例に対して、記者会見(3月19日の記事参照)で発表した意見を掲載します。

1回目は、脳性まひの障害をもち、地域の小中学校、府立高校で学んできた当事者、北口昌弘さんからの意見です。

北口さんのライフストーリーを通して、障害のある子どもは、他の子どもたちとの関係性の中でこそ、自立する力が養われるのだということがわかります。これは障害のある子どもだけでなく、すべての子どもについて言えることではないでしょうか。

大阪府で4月から施行される教育2条例が、こうした子どもたちの豊かな「ともに学び、ともに育つ」関係を破壊していくのではないかと、心配です。

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障害をもちながら地域で共に学び共に育ちそして共に生きること

大阪バリアフリーネットワーク代表 北口昌弘

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 私は、生まれた後の高熱とけいれんにより、脳性まひという障害を持ち、手足と言語が不自由になり、車椅子生活を送っている。

 私の両親は、私を一人の人間として育てたい思いがたいへん強かった。そのため私は、小学校から高校まで地域の学校に通った。ところが、地域の小学校に通えることが決まったのは、入学する前年の大晦日の頃だった。

 私が住む大阪府高槻市では、約40年前から地域の学校に障害児が通えるようになっている。しかし、私の母からの話によると、私が入学する小学校の先生の中に、私を入学させることに反対している先生がいたから、決定に時間がかかったようだった。そして私が入学しても、反対していると思われる先生から挨拶さえもしてくれなかったことがしばらく続き、気持ちがつらいときもあった。

 それでも私は、地域の小学校に入学して、自宅周辺に住む同級生と友だちになり、共に遊んだり、勉強したり、いじめなどの辛い経験をしたときも、精神的に支えてくれた。また、私が成長していくにつれ、様々な関心が生まれ、興味を持つことを選ぶことが出来た。友だちと虫取りに行って楽しむ経験は、地域の学校に通うからこそ体験することができる。

 そして、高校生になり、いじめなどで友だち関係が行き詰まり、でも自分がもつつらい思いをさらけ出すことができないことがしばらくあった。その中で、友だちや母親から自分の思いをまわりにきちんと伝えなければ、理解してくれる仲間を増やすことができないというアドバイスをうけて、我に返り自分の障害に向き合い、もがき苦しんだあげく、ようやく自分の思いを仲間に伝えることができた。そして、自分の思いをわかってくれる仲間ができて、学校生活を精神的に支えてくれた。

 このような経験を通じて、自分が重い障害を持つ人たちの代弁者になり、社会に障害者問題を主張して、障害あるなしに関わらず全ての人々が暮らしやすい世の中にしたい思いが生まれた。こういう志を持つことが出来たから、私は、大学そして大学院に進学することが出来た。

 もし私が、養護学校すなわち現在の特別支援学校に通っていたら、自宅の近くで友だちをつくることが出来なく、地域で孤立した生活を送っていたと思う。そして、自分の障害に向き合うことがなかなか出来ず、決められたレールを進むだけの人生になっていたと思う。

 このように、障害を持つ子どもが地域の学校に通うことにより、地域で孤立せず、多くの選択肢の中から、障害を持たない子どもと共に、学校生活での様々な場面において、興味や関心がある物事を選ぶことで、自己決定する力を養うことができる。すなわち、障害を持たない子どもによる支援を得ながら彼らは、自己実現することが大切である。このようなことを体験することが出来るのは、地域の学校の大きな利点であると私は考えている。

 私が地域の学校で学んだことの中で、生活に一番役立っていることは、自分ができないことを仲間など私に関わってくれる人に的確に説明できることであると考えている。現在は、地域の学校には介助員などサポートしてくれる方がいるけれど、私が学校に通っていた時は、介助員という制度がないので、同級生に身の回りのことを頼んで生活していた。小学校の間は、言語障害が重くて、私の思いがうまく伝わらなく、辛い思いをすることもあった。私が、中学生になり、自分で自分のことを言うときが増えていく中で、伝わりにくい言葉を別の言葉に言い換えて、話すことを母親が教えてくれてから、自分の思いを仲間に伝えやすくなった。

 高校生になって、入学してしばらくの間は、関わってくれる仲間が多かったけれど、時間がたつにつれて、だんだん少なくなり、私が孤立することもあった。それでも、私は、仲間に自分の生活のしんどさや辛さを知られたくない思いになっていた。

 その頃は、通学で母親がしんどくて送迎することが困難になっていて、そのことを仲間になかなか伝えられなかった。私が、高校へ行く目的は、仲間や先生に障害者のことを理解してもらうためなので、私が生活で困っていることを仲間に話して、手伝ってもらうようにしなければ、私が高校へ通う意味がないから、高校を辞めなさいと母親に言われ、大喧嘩したあげく、仲間に生活で困っていることを伝えると、下校の時に私の自宅前の階段を昇るのを手伝ってくれたこともあった。また、数学の勉強内容が難しくなって、母親のサポートが難しくなったときに、違うクラスの数学が得意な仲間に頼むと、自宅で数学の勉強を手伝ってくれたこともあった。

 現在は、地域の学校において、介助員が障害をもつ子どもの支援をしている。そのため、仲間にできないことを頼むことがなくなり、いつも介助員という大人の方が障害をもつ子どもの横にいるため、仲間どうしの関わりがやりにくくなっている。介助員が直接サポートするより、障害をもつ子どもが仲間にサポートのお願いをして、仲間がサポートをして、そのかたわらで介助員が見守ることが大切だと私は考える。もし、障害をもつ子どもが仲間にサポートしてほしい事をうまく伝えることができない場合は、介助員が代弁することにより、理解してくれる仲間が増えると思う。

 地域で生きることは、いろんな人との関わりになれることが大切なので、地域の学校に通うことで多くの仲間の出会いを通じて自分が苦手なことやできないことを受け止めて、支援して欲しいことを的確に説明する力を培うことができる。

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