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2011年2月

2011年2月28日 (月)

大阪市のホームページ「みんなちがって みんないい」に出演

このたび開設された大阪市市民局の人権啓発ウェブサイト「みんなちがって みんないい」に、動画メッセージで出演して「ともに学ぶ教育」の意義について語っています。

ホームページアドレス http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu060/kokoronet/2010/index.html

Kokoronet

みなさま、どうぞご覧ください。ENTERから入っていただき、「第4部 サポートメッセージ」のところです。

「第1部 基調講演」では、大阪市大の堀智晴教授がインクルーシブ教育について語っておられますので、こちらもぜひ。

2011年2月26日 (土)

山口県教委、障害に対する「配慮」を否定?

高校入試シーズンの今、山口県から不愉快なニュースが飛び込んできました。

障害のある生徒が高校を受験する時の、「障害に対する配慮」を認めないと、県教育委員会が言い出したというのです。

山口「障害児・者」の高校進学を実現する会のアピール文(2月23日)によると、会が昨年から要望してきた下記の配慮事項すべてについて、県教育委員会高校教育課が「他の受験生との公平性を確保する為、出来ない」と回答したとのこと。

1.漢字へのルビ
2.カードを使った回答方式  
3.問題文の代読  
4.解答の代筆
5.試験時間の延長  
6.問題文をひらがなに変える
7.本人推薦による介助者つきの試験
8.質問形式で小論文試験を受けること
9.選択式問題への変更

これらの事項を全部、ただちに実行するのは難しいというのなら、まだ理解できます。しかし、すべてを拒否する「ゼロ回答」には納得がいきません。

こうした障害に応じた配慮は、障害のある人が、障害のない人と平等な機会を得るために当然、行われなければならないものです。これをすると公平性を確保できないのではなく、これをしてはじめて公平性を確保できるのです。

今、世の中では、障害のある人たちがあたりまえに社会参加できるよう、さまざまなアクセス手段を用意するのが常識になってきています。視覚障害のある人のためには点字メニューがあり、聴覚障害のある人のためには電光表示があり、知的障害や発達障害のある人のためにはルビつきや、わかりやすく書いた文章があり、というふうに。

教育現場でも、特別支援教育の理念のもと、障害のある子にもない子にもやさしい「ユニバーサルデザイン」の授業や教材づくりの取り組みが進んでいます。

こうした時代に、障害に応じた多様なアクセス手段を認めない県教育委員会の姿勢は、未来に生きる子どもたちを育てる責任のある部署にはあるまじき、時代遅れの価値観だといえます。

私の住む大阪府の高校受験では、障害のある生徒に対する配慮として、「学力検査時間の延長」「代筆回答」 「介助者の配置」「英語のリスニングテストの筆答テストによる代替」「拡大した問題用紙による受検」「別室による受検」「休憩時間の延長」「座席の変更等」が府教育委員会の公式文書に明記され、これら以外でも、申請すれば、柔軟に認められるケースがあります。

くり返しますが、こうした配慮事項は、けっして特別待遇を受けているのではなく、障害のある生徒が、障害のない生徒と平等に受験に臨むために必要な配慮なのです。

山口県教育委員会は、「公平」ということについて、「全ての生徒が同じように、同じ問題をやることが公平である」と主張しているのだとか。

この理屈でいくと、足の動かない人が車いすを使って移動することも、耳の聴こえない人が要約筆記を通して講演を理解することも、自力で呼吸できない人が人工呼吸器を使って息をすることも、それは公平でないということになります。

「差別」ということばを使うのは、あまり気が進まないのですが、この山口県教育委員会の言い分は、すべての障害のある人たちに対する差別ではないでしょうか。

山口「障害児・者」の高校進学を実現する会では、下記のように抗議行動を行うそうです。遠方で私は参加できませんが、大阪から、なりゆきをしっかり見届けていきたいと思います。

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2月28日(月) 午後1時半 県庁ロビー集合
            2時~ 抗議行動
              3時~ 記者会見

記者会見終了後 教育長へ要望書を提出
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2011年2月20日 (日)

朝日新聞記事『みんな地域の学校へ 障害児「分離」から転換 岐路』

今日(2月20日)付の朝日新聞・大阪本社版朝刊に、きょういく特報部2011『みんな地域の学校へ 障害児「分離」から転換 岐路』という記事が掲載されていました。

インクルーシブ教育への転換に向けて、日本の現状と課題をわかりやすくまとめた良質の記事だと思います(正直、朝日新聞を見直しました!)。

ライターの端くれとして著作権は守りたいので、下に読めない程度のサイズで記事を載せておきます。興味のある方は、購入されるか、図書館でお読みください。

Asahi2011220_1

Asahi2011220_2

2011年2月 2日 (水)

〇〇〇で酒を飲まないところから

「まずは、〇〇〇(大手居酒屋チェーンの名前)で酒を飲まないところから、はじめたいと思います!」

1月15日(土)、「インクルーシブ教育を考える連続学習会」第1回(主催:子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会)での報告で、私は、そう言って話をしめくくりました。

まぁ、これは関西人の性(さが)で、笑いをとって終わりたいためのオチですが、実はけっこう本気のひとことでした。

障害のある子もない子も「ともに学ぶ」インクルーシブな教育を考える時、私たちは、学校を出たその先の、「ともに生きる」インクルーシブな社会の未来像をはたして描けているのか、と疑問を投げかけたかったのです。

いま、地方都市に行くと、もう、大手居酒屋チェーン、大手ハンバーガーチェーン、大手コーヒーチェーン、大手アパレルチェーン、大型書店チェーン(店名を頭に浮かべながら、お読みください)が埋めつくし、どこでもまちは同じ顔をしています。

その陰で、コツコツとがんばってきた個人事業主や小規模の事業所がどんどんつぶされています。

マクドナルドの社長は、こう言っているそうです。

「気候や風土、民族の多様性を越え、いつ、どこで、だれがやっても、同じ笑顔で、同質の味を提供できる。私たちは、マクドナルドのハンバーガーという普遍性を備えた『文明』を売っているといってもいい (日本マクドナルド広報部編『日本マクドナルド二〇年のあゆみ・優勝劣敗』)─山下惣一編『安ければ、それでいいのか!?』コモンズ刊より孫引き─

「いつ、どこで、だれがやっても、同じ笑顔で、同質の味」─。そんな『文明』が幅をきかす社会では、障害のある人たちをはじめ、世の中の多数派の基準とうまく折り合いをつけられない人たちは、すごく生きにくい。そして、その生きる場はじりじりと埋められようとしています。

障害があっても、なくても、ともに豊かに生きられる社会。能力で人の値打ちが決められず、競争をしなくていい社会。そのすがたを私はまだはっきりと描くことができませんが、少なくとも、大手チェーンが支配するまちでないことは確かです。

だから、私からの提案は、「〇〇〇で酒を飲まないところから、はじめよう」。

「ともに学び、ともに生きる」教育を根づかていくためには、一人ひとりが日々の消費行動に自覚的になって、この社会のライフスタイルを変えていかなければならないのです。「快適」で「便利」な均質化されたサービスに抵抗し、不器用でクセも味もある人たちが、小さな規模でそこそこ食っていける道をひらかなければならないのです。

と言いながら、障害のある家族との暮らしは、お金もないし、忙しい。今日も、〇〇〇〇でネットショッピングをし、〇〇〇〇で服を買っているのが現実です。それがまた切ないのですが。

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