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2010年5月15日 (土)

子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会 例会

子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会の例会の案内をいただきましたので、掲載します。

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会員の方、そうでない方でも参加は大歓迎です。
是非、参加していただき、議論を深めていきたいと思っています。

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   子どもに「教育への権利」を!大阪教育研究会 例会のご案内

  □日時 2010年5月29日(土) 18:00~21:00 
  □場所 天王寺区民センター 第1会議室 
         (地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽丘」下車5分)  
 
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▼例会内容 
  【1】大阪の子どもの貧困の深刻化と学習権保障    
  【2】クループスカヤから現在の教育を考える
  【3】会員からの提起  
   【4】第4回全国学テ:露骨にテスト対策学習が横行する教育現場

▼内容案内
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【1】大阪の子どもの貧困の深刻化と学習権保障
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 大阪の子どもたち(すなわち大阪の大人たち)がきわめて貧困な状態に置かれていることは、各種統計を見るだけでも明らかです。例えば、2008年の大阪の生活保護率は全国4位、総数の世帯数では全国2位。2005年には、完全失業者数が全国1位、完全失業率が全国2位。2008年の企業倒産件数は全国2位、等々。これらを反映してか、子どもたちを取り巻く環境は厳しく、例えば「家の人と普段夕食を食べているか」という問に対する中学生の肯定率は全国でも最下位の水準になっています。
 経済条件、家庭条件に恵まれない子どもたちの学習に困難が伴うのは、いわば常識の事柄であり、実際全国学テにおいて、ことに大阪の中学校の平均正答率は全国の最下位に位置しています。
 こうした子どもたちに学習権を保障するとは、橋下知事が現に目論み行動しているように、厳しい経済条件や生活条件は放置しておいて、学力テストで「よい成績」を取らせるために血道を上げ、そのためだけの予算措置や教員配置を行ったり、進学校作りのために予算を重点配分したりすることであるはずはありません。何よりも厳しい条件に置かれている子どもたちにこそ予算を配分し、まずは教育の機会均等を目指すことでなければなりません。
 その上で私たちが考えなければならないことは、大阪の子どもたちに(一般に子どもたちに)保障すべき「学習」とは何か、「学習権」を保障するとはどういうことか、ということです。それは、全国学テや各自治体の学テに表されている競争主義、競争原理に基づく「学力」の渦の中に子どもたちを巻き込んでいくことではないはずです。何よりも子どもたちに「生きる力」を身につけさせること、例えば「つねに役にたつ人間であろうとする意欲と能力とを発達させること」にあるのではないでしょうか。
 今回の研究会では、大阪の現状をまず明らかにし①そもそも「学習権」「学習権保障」をどう考えるか、さらには②大阪の子どもたちにとって真に必要な「学習」「学習権」とは何か、といった問題まで提起でき、論議できればと思っています。

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【2】クループスカヤから現在の教育を考える
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 日本の子どもの現在の深刻な状態、教育の困難な状況の原因は何なのか、どうすればそれらを打開できるのかを考えるに当たって、クループスカヤの「全面的発達」の思想を学ぶことから始めたいと思います。
 その理由は主に三つあります。一つは、現在の日本では、自分を孤独だと感じる子どもが先進国の中では飛び抜けて多いという現実があるからです(2007年ユニセフ調査で、自分を孤独だと考える15歳の子どもは、OECD25ヶ国平均の4倍もいます)。クループスカヤが直面したのも「子どもたちは・・・ひどく孤独であること、・・・自分は不必要な、余計な、誰にも無縁な人間であると感じている」社会と教育の悲惨な状況でした。彼女を「全面的発達」の思想に駆り立てたのは、それらを原因とする生徒の自殺、そして貧困(=労働者の「あまりにもわずかな賃金」)がもたらす極めて高い子どもの死亡率でした。クループスカヤは、当時のロシアにおいて「社会が子どもの扶養と教育の義務を持つ」社会的教育の意義を強調します。
 次に、現在の日本では学力テストの「成績向上」に邁進する「詰め込み教育」が子どもを不幸にしている現実があるからです。学ぶ希望を失い、将来の仕事に希望を持てない子どもが半数を超えています。心を病む子どもたちも急増しており、中学生の4人に1人が「うつ状態」というデータもあります。クループスカヤは、「自殺がまさに、詰め込み教育の破産の露呈である」と考え、詰め込み教育を徹底して批判し子どもを中心とした「全く別の教育原理にもとづく新しい自由な学校の創設」を模索していきます。私たちは、クループスカヤの子どもの見方、詰め込み教育批判とそれを批判して登場した新教育運動=進歩主義教育のとらえ方を学んでいきたいと思います。
 第三に、日本の授業が、詰め込み教育を一斉授業という教員の一方的教え込みによって行い、多くの「落ちこぼれ」を生み出している現実からです。クループスカヤは、「子どもたちが教えると同時に学ぶ学校」の意義を説きました。その学校は、子どもたちに、自分が「彼らを必要とし、彼らも必要としている小さな共同体の役に立つ構成員であると、自己を感じる」学校だ、と説いたのです。他人のために役立ちたいという「社会的本能を発達させることだけが子どもを幸福にする」だろうし、「孤独感、無用感の恐ろしい精神状態」から子どもたちを守ってやれると主張したのです。
 このようにクループスカヤの思想は、現代の子ども・教育を考える際、様々な示唆に富んでいます。共に学び、議論しましょう。

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【3】会員からの提起   
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 学力テスト体制が浸透する現在の学校では、従来大切にされてきた子どもたちの「認め
合い」「学び合い」や「なかま」作りが軽視され、子どもたち同士のつながりが希薄になって
きています。
 「障がい」を持つ子どもたちと共に学ぶ教育は、そのような学力テスト体制を厳しく問い 直し、子ども同士で「学び合う」意義を浮き彫りにしています。今回の例会では、「重度障がい」の子をもつ会員からご自分の体験を交えて、今の教育のあり方について問題提起してもらいます。(事務局)

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【4】トピック:橋下「教育改革」②
      第4回全国学テ:露骨にテスト対策学習が横行する教育現場 
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 4月20日、4回目の全国学力テストが行われました。「3割抽出」方式になったにもかかわらず、「希望参加」方式によって全国の学校の約74%が参加し、大阪府も橋下知事の学テ至上主義によって、約96%の学校が参加することになりました。
 それは大阪府教育長が、マニュフェストの中で全国学テにおいて「全国平均を上回る」ことを露骨に目標に掲げ、教育そのものを全国学力テスト対策中心に変質させてきていることが大きく関わっています。教育の成果が全国学テで測られるシステムができあがっており、そこから外れることは許されなくなっています。
 教育現場もそのシステムの中で大きく変わってきました。「学力に課題が大きい」中学校に対しては、教員を1名配置し「学力向上プラン」の作成と学テ対策をけしかけています。全国学テ直前には、昨年の問題を事前練習として取り組ませたり、苦手単元の復習に躍起になったりと、テスト対策授業が横行しています。さらに、生徒をテストに無理矢理向き合わせるために、全国学テの結果を生徒の成績に反映させようとの声も公然と出始めています。何のためのテストなのでしょうか。もう一度原点に立ち返って、全国学テによる点数競争が子どもたちに何をもたらすのか,真剣に考えなければなりません。
 しかし、橋下知事は「3割抽出」方式を「民主党は完全に民意を見誤った」と批判し、「各地域の学力を把握するテストは絶対に必要で民主党には全体の制度設計がない」と、抽出方式の見直しを強く主張しました。文科省も、全員参加方式の復活や対象学年・対象教科の拡大にむけて抜本的な見直しをすることを表明しました。全国学テをこれまで以上に教科・拡大する方針です。すでにテスト対策学習にゆがみ始めている現在の学校教育は、ますます変質していきます。まずは、この4回の全国学テによって学校教育はどのように変質してきたのか、声を上げていくことが重要になっています。 

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コメント

ときどき、このブログを見せていただいています。
大坂のみなさんは、いつもパワーがあって尊敬しています。
ただ、今回のこの定例会の案内の会員からの提起の文は正直驚きました。

…ブログ主の判断で中略…

大坂では・・・というよりはこの会では、重度障がいのある方や子どものことをこのような名称で呼び、
こういう捉え方をしていることに、読んでいてとても辛く悲しい気持ちになりました。

私は大坂ではないので、感覚が違うと言われればそれまでですが、障がいのある子もない子も共に育ちあうことを大切にしています。それは、どのような障がいがあっても、特別な教育や特別な場で生きるのではなく、障がいに応じた必要な配慮を受け、障がいのあるふつうの子どもやおとなとして生きていきたいからです。
以前、「障害児の専門家」という方は、ダウン症の障がいがある子どものことを「ダウンちゃん」「ダウンちゃんは優しい」という言い方をしました。ダウン症の障がいがある00さんであり、一人ひとり違うのに「ダウンちゃん」という言い方も、「ダウンちゃんは優しい」という一律に捉えることも間違っているので、抗議したことがあります。
どのような障がいがあってもなくてもみんな同じ人間であり、障がい固有の名称を付けたりして違う呼び方をしたくはありません。また違う呼び方をされたくもありません。
障害児や障害者の前に、ただひとりの子どもであり、人なのです。
私は人口呼吸器を付けて生活をしている方と知り合いですが、「私達とはまったく違う体のスーパー重度障がい者」とは全く思いません。絶対にこのような呼び方もしたくありません。
人工呼吸器を使っているだけで、同じなのです。
障がいのある子どものお母さんということですが、同じ障がいのある子どもの側にいるのであれば、こうした表現をすること自体が差別的であり、この文章に傷つく人があることを知っていただけたらと思います。

kawaさん、貴重なご指摘をありがとうございました。

このお母さんも、「普通でありたい」という子どもさんの意思を受けとめながら、小中高とずっと地域の学校に通わせ続け、共に学び共に育つことを大切にしている方です。

この問題提起は、今の社会ではともすれば存在を否定されそうになる“重度”の障害をもつ子が、障害のない子と共に学び、共に生きることの意義を前向きに発見しようという主張です。“重度”の子どもさんと生きてきたなかで、そうした考え方に到達されたようです。ここでのさまざまな呼称は、主張にインパクトを出すためのレトリックとして使っているのだと思います。

その基本的な考え方がよいと思って転載したのですが、kawaさんがおっしゃるように、表現のしかたとして、危険な方向にいきかねない問題をもっていますね。また、当事者でない者が勝手に役割やレッテルを押しつけるような姿勢は、やはり、けっしてよくないですね。

私も深く考えずに情報を転載していましたが、コメントいただいたご意見を読み、自分の認識の甘さを見つめ直しました。

これらの表現を公表したままにしておくのは問題かと思いますので、ブログ本文から当該箇所を削除します。そして、kawaさんのコメントからも当該箇所を削除させていただこうと思います。

まっすぐさん
他県からすみませんでした。
これからもこのブログ、楽しみにしています。

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