障害のあるアーティストたち

2009年2月10日 (火)

車いすに乗ったミュージシャン、浦野 健さんのごきげんライブ!

 「バンドのみんなは、オレのことを“障害者”と思っていないと思う。でも、できないこともあるから、そんな時はあたりまえに手伝ってくれる。それがありがたい」―そう語ったMCが印象的だった。

 2008年12月14日。大阪府高槻市のアジアンレストランで行われた、「URANO BAND(ウラノバンド)」のライブ。リーダーの浦野 健(うらの・つよし)さんは、脳性まひで手足の自由がきかず、言語障害もある、いわゆる“重度障害者”だ。

 僕は、URANO BANDの数年来のファンである。そのステージは、独特の迫力をもって、聴く者の心をわきたたせずにおかない。

 浦野さんが作る曲は、サビがはっきりと残る、80年代風のメロディアスなフォークロック。メインボーカルの女性が澄んだ声で歌うと、さわやかで心地よい。ところが、そこへ浦野さんが、“脳性まひ語”の発声で、とつとつとハモっていく。と、清らかさと荒々しさがぶつかりあって、ドキドキする高揚感が生まれてくるのだ。

 バックの演奏も同様で、キーボードとギターの端正な音色に、和太鼓をはじめとしたパーカッションの野性味たっぷりの響きがどくん、どくんとからみ、音の火花を散らす。

 異質なものどうしが渾然一体となって生み出される、鮮烈なエネルギー。この空間にひたっていると、魂の奥底に眠っている原初的な衝動が呼びさまされるようだ。

 バンドメンバーは、浦野さん以外は“健常者”。メンバーの間に流れる温かい空気が、観ていて気持ちいい。浦野さんのメロディメーカー、ライブアーティストとしてのセンスを、みんなが心から信頼していることが伝わってくる。そこには、障害があるとかないとかは関係なく、ただ、音楽好きどうしの熱い連帯感があるだけだ。

 ギタリストをつとめる熟年ミュージシャンは、こう語っていた。

 「健がステージに誘ってくれたおかげで、25年ぶりにギターを握った。僕たちが健を支えているんじゃなくて、健が僕たちを楽しませてくれているんです」

 高槻は、浦野さんが育ち、いまも暮らすホームグラウンド。この日のライブには、彼の音楽と人柄をこよなく愛する地元のファンがつめかけた。浦野さんを昔から見守ってきた中高年の人も多い。

 観客たちは、浦野さんがかます大ボケにツッコミを入れ、爆笑し、気迫のこもった唄に胸を震わせ、熱っぽく手拍子を鳴らす。浦野さんも好きなビールを飲みながら、テンションをどんどん上げていく―。

 音楽をなかだちにして、浦野さんは、どっしり地域で生きている。

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